学校で必要な能力と社会で必要な能力は別

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学校は課題に正確に答える生徒を評価する、社会は課題を正確に設定できる人間を評価する。

今は個人で働いていますが、会社組織にいたころは学歴と仕事の能力ってそんなに関連ないなかな、と思うことがよくありました。

そもそも学校で磨かれる能力と社会で必要な能力は別なのでそれは当然と言えば当然です。
※学歴批判や学校批判ではありません。

学校は課題に正確に答える生徒を評価する、社会は課題を正確に設定できる人間を評価する

学校で成績の良い生徒というのはどういう人でしょうか。今は昔と違い色々な評価方法があるのかもしれませんが、一般的にテストの点が良い生徒の成績が良いはずです。

 

つまり学校では学校側(先生)が作った課題に正確に答えられる生徒が評価される場所だと言えます。

 

一方社会に出てみるとどうでしょう。

 

そもそも課題が提示されていることの方が少ないでしょう。

 

仕事を進めていくためにはまず適切な課題を見つけ出すことが重要です。

 

ここで誤った課題を設定してしまうと、時間をかけてその課題を解決しても結局何の意味もないということになります。

 

適切な課題を設定するのは難しい

適切な課題に対して、その回答を出すのはどちらかと言えば作業に近い部分があります。

知識と根気さえあれば時間はかかるかもしれませんが回答にたどり着けることがほとんどです。

 

一方適切な課題を見つけるのは知識や根気がいるのはもちろんのこと、更に物事を考えぬく力が必要になります。

 

具体例で考えてみる

A社は売上が著しく落ち込んでおり悩んでいました。

 

社長は売上が上がらないのは商品の品質に問題があると考えました。

「よし、商品品質を上げるために開発部に優秀な人員を採用しよう。さらに今までより予算を多めにとろう。これで商品品質が上がればわが社の売上はもっと伸びるはずだ!」

 

商品開発部は社長の期待に応えるべく毎日毎日頑張りました。

そして社長の期待通り商品の品質を上げることに成功したのです。

 

しかし、売上は一向に伸びる気配がありません。

 

なぜなら売上が伸びない理由は商品品質が原因ではなくその売り方、営業方法に問題があったからです。

 

むしろ商品品質は十分でお客さんにとってはそれ以上品質が上がってもメリットはありませんでした。

 

A社は貴重なお金と人員を商品品質を上げるという売上とは関係ないことに投資して無駄にしてしまったのです。

 

一度誤った課題(ここでは商品品質を上げる)を設定してしまうと、それが誤っていることに気付くタイミングは課題に対する回答が出る(ここでは商品品質を上げることに成功した後)までわからないことがほとんです。

 

間違いに気づくのが遅れれば遅れるほど貴重なA社の資源はどんどん無駄になっていきます。

 

適切な課題を設定することの重要性を認識頂けたと思います。

 

まとめ

適切な課題の設定出来る能力を重要だと書きましたが、課題に対する回答を出す能力が不要と言っているわけではありません。

むしろどちらも同じくらい重要だと考えています。

 

ここで言いたかったのは社会で人より活躍するためには学校で培った課題に対する答えを出す能力だけでは不十分なことが多いということです。

 

適切な回答を出す能力はもちろん、適切な課題を設定する能力を身につければ今以上に社会で活躍するチャンスが得られるでしょう。

 

 

 

 

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