【西村京太郎】殺しの双曲線|作中の全ての謎を解説

西村京太郎さん屈指の名作「殺しの双曲線」の解説記事です。

殺しの双曲線はクリスティの「そして誰もいなくなった」のオマージュ作品です。

本作は1979年に発表されたものですが、一部記述に古さを感じるものの、今読んでも十分どころかとても楽しめる作品になっています。

あらすじ

差出人不詳の、東北の山荘への招待状が、六名の男女に届けられた。しかし、深い雪に囲まれた山荘は、彼らの到着後、交通も連絡手段も途絶した陸の孤島と化す。そして、そこで巻き起こる連続殺人。クリスティの『そして誰もいなくなった』に挑戦した、本格ミステリー。西村京太郎初期作品中、屈指の名作! 

講談社文庫

 

また本作品では冒頭に西村京太郎さんからメイントリックについての種明かしがあります。

この本を読まれる方へ

 この推理小説のメイントリックは、双生児であることを利用したものです。
 何故、前もってトリックを明らかにしておくかというと、昔から、推理小説にはタブーに似たものがあり、例えば、ノックス(イギリスの作家)の「探偵小説十戒」の十番目に、「双生児を使った替玉トリックは、予め読者に知らせておかなければ、アンフェアである」と書いてあるからです。
 こうしたタブーは、形骸化したと考える人もいますが、作家としては、あくまで、読者にフェアに挑戦したいので、ここにトリックを明らかにしたわけです。
 これで、スタートは対等になりました。
 では、推理の旅に出発して下さい。

西村京太郎 殺しの双曲線 講談社 P6

 

驚くべきことに冒頭で「双生児」である入れ替わりがメイントリックであることを明かしているのです。

とはいえメイントリックがわかっていても十分楽しめるのでご安心ください。

むしろメイントリックをあらかじめ教えられたことで読者はミスリードされるのです。

管理人も見事に引っ掛かりました。

 

ネタバレ解説

一読しただけではわかりづらいところもあるので事件をQ&A方式でまとめました。

ネタバレをしていますので未読の方はご留意ください。

 

Q1|双子の入れ替わりトリックはどのようなものだったのか?

本作には双生児が2組登場します。

①真犯人である早川兄弟に復讐のターゲットにされて利用された小柴兄弟。

兄:小柴勝男
弟:小柴利男

小柴兄弟は早川兄弟から送られた双子であることを利用した作戦を使い強盗を繰り返す。
しかし最終的には早川兄弟に裏切られて警察に密告されることで逮捕される。

 

強盗に使った作戦は下記です。

どちらか一人が強盗を働く。
この時に顔は隠さないものの、指紋だけは残さないように注意する。
そして後日警察に捕まった際に強盗をしたのは自分ではなくもう一人(兄または弟)の方だと主張する作戦です。
この方法を使えば個人を特定する指紋を残すか現行犯で逮捕されない限り警察や被害者には全く同じ顔である二人のどちらが強盗を働いたかわからないため、「疑わしきは罰せず」の原則で逮捕できないというものです。

しかし早川兄弟の指示で強盗を繰り返していた小柴兄弟は、次に狙うのが銀行であることを警察に密告されたため逮捕されることになる。
※なぜ小柴兄弟が早川兄弟に狙われたかは後述

 

②事件の真犯人の早川兄弟。

兄:西崎純(養子になったため早川姓から西崎姓に変更)
弟:早川謙

事件の真犯人である早川兄弟。

このトリックも小柴兄弟と同じく同じ外見である双子であることを利用したものです。

 

ざっくり役割分担を書くとこうです。

 

 

<弟の早川謙の役割>

観雪荘に招いた復讐すべき人間たちを殺害すること

 

 

<兄の西崎純の役割>

役割は2つ。

一つ目は東京にいる小柴兄弟を罠にかけて逮捕させること。

もう一つは弟の早川謙の犯行が完了した後に、記者(西崎純の職業は記者)として観雪荘に出向き、隠れていた謙と入れ替わり、観雪荘から雪山を下り脱出すること。
※早川謙は西崎純として安全に東京に戻る。

そもそも兄の西崎純が観雪荘で入れ替わる必然性は何もありませんが、役割分担として弟が殺人のすべてを受け持っているので、危険な雪山からの脱出は兄の西崎純が担当することになったのだと思います。

しかし兄の西崎純は結局雪山から脱出することは叶わずに道中で凍死してしまいます。

 

 

Q2|犯行動機はどのようなものだったのか?

全ての根幹にあるのは東京を走る中央線の四谷駅で起きたラッシュ時の事故によるもの。

西崎純と早川謙を女手一つで育ててくれた母が四ツ谷駅で停車した中央線の乗客の誰かに押されてホームで頭を打って意識を失ってしまいます。

その時一緒に居合わせた兄の純は何とか母を助けて病院まで運ぶものの結果的に処置は間に合わず母は死んでしまいます。

もう少し早く病院に運んでいれば助かったと医者から聞かされた純は謙と協力して、母の輸送に協力しなかった人に復讐をすることにします。

 

登場人物とターゲットになった理由をまとめます。

 

 

松村進太郎、矢部一郎、森口克郎、五十嵐哲也、戸部京子、大地亜矢子の6人
四谷駅で西崎純と早川謙の母親が倒れて助けを求めた際に何もせず知らんぷりをしたためターゲットになった。

 

田島信夫
純が倒れた母を病院に運ぶ際に田島が運転するタクシーを使おうとしたが乗車拒否をしたためターゲットになった。

 

小柴勝男、小柴利男
母親が亡くなり病院で泣いていた純を嘲笑したためターゲットになった。
※ただし母が死んだ後のことであったため殺害はせずに警察に逮捕させるだけとした。

 

Q3|それぞれの殺害方法がどのようなものだったのか?

ここでは各登場人物がどのように殺害されたのかをまとめます。

 

・松村進太郎

詳細は明らかにされていないが恐らく森口等が観雪荘に来る前に早川謙によって殺害されている。
その後は雪の中で冷凍保存されており、顔をつぶされて謙の身代わりの死体に仕立て上げられた。

・矢部一郎

観雪荘に到着してから自殺をした。
原因は東京で起こした交通事故により賠償請求をされていたため。
なお謙は矢部は母を助けなかったことを悔いて自殺したと勘違いしたため、矢部が自殺した際に第一の復讐が完了したというメッセージを残した。

 

・田島信夫

タクシー運転手。
観雪荘で事件が起こる前に純、謙とは全く無関係の男に殺害されてしまう。
なお犯人の男は田島信夫のふりをして観雪荘に現れるが、謙に殺害される。

 

・田島信夫(偽物)

前科がある男。
本物の田島信夫を殺害し田島のふりをして観雪荘に現れた。
本来謙のターゲットではないはずだが謙が観雪荘から脱出できないようにスキー板を壊したのだと指摘したため殺害された。
殺害方法は救助を呼びに行く係になった田島に壊れたコンパスを渡して崖から転落死させた。

 

・森口克郎

京子の婚約者。
事故に見せかけて謙に殺害された。
自分達が置かれている状況はクリスティの「そして誰もいなくなった」に似ていることを訴えていた。

 

・五十嵐哲也

犯罪学を学ぶ学生。
謙にナイフで刺殺された。

 

・戸部京子

森口の婚約者。
観雪荘から脱出しようとするが謙に鈍器で殴られて死亡する。
脱出する前に観雪荘での出来事を自らの視点でまとめたメモを残しておいた。

なお京子のメモでは謙が死んだと記載されているが、それは謙と亜矢子が京子をだますために行った芝居である。
※亜矢子は京子が犯人だと思っていたため、京子の本性を暴くために謙に協力した。

 

・大地亜矢子

風俗嬢。
謙に毒殺される。
謙は全ての罪を亜矢子に擦り付けるつもりであった。
そのために下記2つの細工を行っている。

①亜矢子の筆跡で書かれた遺書
大地亜矢子の犯行に見せかけるために、毒殺した亜矢子の死体のそばに「私が間違っていました」と書かれた遺書を残しておいた。
このメモは正真正銘亜矢子が書いたものであるが亜矢子自身は遺書を目的として書いたものではなかった。
謙と亜矢子は矢部が落ち込んでいる理由を当てる賭けをしており、亜矢子は謙との賭けに負けたため謙に「私が間違っていました」とサインを提出したのであった。
謙はそのサインを遺書に見せかけたのである。

 

②亜矢子の筆跡で書かれた手紙
次々と殺人が行われていく中で観雪荘に招かれた人たちはどのように選ばれたのか五十嵐たちから謙に疑問が投げかけられた。

謙はそのような状況になっても自分が疑われないように別の人物の名前で自分あてに書いた手紙を用意しておいた。
手紙の内容は送り主の友人である森口や京子などを招待してほしいという内容であった(内容は当然でたらめ)。
また全員分の宿泊費用として小切手も同封したと書いてあった。

残ったメンバーはこの手紙を模倣して書くことで、その筆跡から生き残った人物の中にこの手紙を書いた犯人がいないか見極めようとした。
この時に亜矢子が模倣して書いた手紙を利用したのだ。
謙は亜矢子が書いた手紙以外を処分して、亜矢子が書いたもののみを残しておいたので警察は一時全ての黒幕が亜矢子であると勘違いをしていた。

 

・小柴兄弟

純の操り人形となり強盗を重ねて、最後は純に裏切られて警察に逮捕されれこととなった。
なお警察に逮捕される際に発砲し、少女を一人射殺している。

 

Q4|最後に生き残ったは純か謙か?

西崎純、早川謙のどちらが生き残ったのか。

西崎純は早川謙が観雪荘で犯行を重ねている間、東京に残り小柴兄弟を操っていた。

早川謙の犯行が全て終わった段階で西崎純は記者として警察や他の記者と一緒に、観雪荘を訪れる。

その際に二人は入れ替わり早川謙は西崎純として記者になりすまし東京に戻る。

一方早川謙に入れ替わった西崎純は雪山を誰にも見つからないように一人で下っていった。

この際に西崎純は雪山を抜けることが出来ずに凍死してしまう。

よって最後に生き残ったのは早川謙となる。

 

感想

1979年の発売ととても古い本です。

しかし多少古い言い回しなどはあるものの、今読んでも十分楽しめる作品でした。

最初に双子であることを利用したトリックと明かされるたので、最初に出てきた双子の小柴兄弟がどのように観雪荘で犯罪を犯しているのかと考えましたが、読み進めていくと双子は二組あることがわかり読者は小柴兄弟がミスリードであったことに気が付きます。

ここら辺のトリックは非常に鮮やかでした。

ラストは生き残った謙に対して証拠を提示できない工藤が謙の感情に揺さぶりをかけて自白を引き出そうとするところで終わります。

謙が自白するのかどうかは読者の想像にゆだねられているわけですね。

管理人は自分達の計画にある種プライドのようなものを持っていた謙は無関係の少女を不可抗力とは言え死なせてしまったことにショックを受けて自白したと考えます。

未読の方はぜひ読んでみてください。

 

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